虫歯の精霊
'24.02.05令和6年元旦に発生した能登半島地震で亡くなられた多くの方々のご冥福をお祈りいたしますと共に被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
昨年の事であるが、偶然図書館で虫歯に苦しむ精霊の物語を見つけた。虫歯の精霊なんて聞いたことがない。本作「おしゃべりな家の精」はわずか7ページの短編で書き出しはこうだ。「家の精が虫歯に苦しんでいるといったら、この精霊を馬鹿にしているみたいだろうか。」
作者はアレクサンドル・グリーンという。グリーンという名前から西欧の作家だろうと思ったがロシアの作家だった。本名はグリネフスキーとある。彼の父親はポーランド人で反体制活動によりロシア内陸部へ流刑に処されていたという。グリーンは小説家となり40代でクリミア半島の港町フェオドシアに移り住む。フェオドシアは紀元前6世紀頃ギリシアの植民市テオドシアとして建設されたクリミア半島南岸の都市である。ここには眩い砂浜があって、閉塞したロシア社会に暮らす人々にとって明るい自由な空気が流れ込む町でもあった。
時は流れクリミアは一時ウクライナ領となるが2014年に再びロシアに併合される。そして我々が知る戦争が起こりクリミアもまた戦地となった。
2023年12月にロシアの揚陸艦が巡航ミサイルによって炎上したニュースは記憶に新しいが、まさにこのフェオドシア港での出来事だった。
戦時下において犠牲になるのは普通の人々の生活だ。戦争によって人々の時間は止まる。そして兵士の時間も。
この短編に描かれた人生は陽炎の如く儚いが、戦争は儚い一生さえ奪い去ってゆく。
核融合による発電の実用化が見えてきたこの時代にあって、人は歴史から一体何を学んだのか。
文: M
出典 河出書房新社世界文学全集 短編コレクション2
アレクサンドル・グリーン著 岩本和久訳「おしゃべりな家の精」より抜粋。